ローカル5G技術の安全保障分野への応用

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1. 安全保障分野へ広がる5G技術

ローカル5Gを含む5Gは、これまで主に民生利用を中心に普及してきました。高速・大容量・低遅延といった特性は、工場のスマート化や映像配信、交通インフラなど幅広い分野で活用されています。

一方で近年、各国では安全保障や防衛分野においても5Gの利活用が進展しています。従来、先端技術は軍事用途から民生へ展開されるケースが多く見られましたが、近年はその流れが逆転し、民生利用で発展した技術が安全保障分野へ応用される事例が目立ちます。これは5Gの親和性の高さと、商用技術のスピード感が背景にあります。

2. 近代戦の変化と通信技術

ウクライナ紛争を契機に、近代戦は従来の火力や兵站だけでなく、ドローン・AI・通信ネットワークといった新領域へ急速に拡張されました。従来の音声通信を中心とした従来型の無線や衛星通信だけでは対応しきれない場面が増え、5Gのような柔軟かつ低遅延なネットワークが注目されています。

例えば、ウクライナ戦場では市販の小型ドローンが広く投入され、偵察や砲撃支援、場合によっては即席爆発物の投下にも利用されています。これらのドローンはリアルタイム映像伝送を行うため、通信の安定性が不可欠です。従来の軍用無線に加え、民生の通信技術を応用したネットワーク構築が現場で行われており、特に注目されたのはStarlink衛星通信の活用です。ウクライナ軍は、商用の衛星インターネットを利用してドローン管制や前線部隊との通信を維持しており、これは従来の軍用専用通信網では実現が難しい柔軟性を示しました。さらに、安価な市販ドローンに改造を加えて戦術利用するケースもあり、民生技術が即座に戦場へ持ち込まれる例となりました。

このように、従来の専用軍事システムに加え、民生の通信・ネットワーク技術を応用する動きが実際の戦場で展開されていることが、世界中の安全保障関係者に注目さています。

また、AIを活用した画像認識や標的識別にも通信インフラが不可欠です。前線で取得したデータをリアルタイムで後方に送信し、AIによる解析結果を再び前線にフィードバックする、といったサイクルが短時間で成立することで、指揮統制のスピードが格段に向上します。これも低遅延通信を特徴とする5Gが評価される大きな理由の一つです。

兵士個人の装備においても変化が起きています。従来は専用無線端末が主流でしたが、現在ではスマートフォンやタブレットを防衛用途に転用するケースが増えています。平時から使い慣れたUIを持つ端末をベースにすることで、教育訓練コストを下げ、かつアプリ更新やクラウド連携も柔軟に行えるという利点があります。実際に米軍や欧州の軍では、兵士がスマートフォンを装着して戦術情報や地図をリアルタイムに共有する「ネットワーク化された歩兵部隊」が形成されつつあります。

こうした動向は、「民生から軍事へ」という技術の逆転現象を象徴しています。ドローン、AI、スマートデバイスといった民生領域で成熟した技術が、通信基盤である5Gと組み合わさることで、近代戦の様相を一変させつつあるのです。

3. 各国における5G技術に関する具体的な取り組み

世界ではすでに5G技術の安全保障分野への応用に関し、多くの実証や実運用が進められています。代表的な事例を挙げると以下の通りです。

◆2023年 ドイツ:
連邦軍大学(Helmut Schmidt University)がDeutsche Telekom、Ericssonと連携し、キャンパス内に5G SAネットワークを導入。軍事研究や高セキュリティ環境での検証を実施(Ericsson, 2023)

◆2024年 米国:
国防総省(DoD)が「Private 5G Deployment Strategy」を公表。軍施設でのプライベート5G配備を方針化し、Open RAN活用なども含めた戦略を明確化(DoD CIO, 2024)

◆2024年 NATO:
ラトビアで5G実証を実施し、ドローン運用やセンサ統合、持続可能な通信を検証。加盟国間の相互運用性を重視(NATO ACT, 2024)

◆2024年 日本:
防衛省が基地内DXの一環としてローカル5G導入を検討。警備や物流、ドローン運用などを対象に2027年度を目標とした実装を視野(Business Network, 2024)。

◆2025年 ドイツ:
NokiaとRheinmetall系blacknedが戦術通信システムを共同開発。軍用要件を満たす「タクティカル5G」ソリューションを目指す(Reuters, 2025)

◆2025年 スウェーデン:
TeliaとEricssonの5Gイノベーションプログラムに軍が参加。通信・ロジスティクス・ドローン分野での実証を加速(Reuters, 2025)

◆英国 DSEI 2025:
防衛産業展示会にてNokiaが「Banshee 5G Tactical Radio」を出展。携帯性や現場適用を意識したタクティカル通信機器として注目を集めた

◆インド:
陸軍教育機関で国産5Gの実証を推進し、サイバー防御・電子戦対応を強化(Business Today, 2025)

このように、民生技術として発展してきた5Gが、各国の防衛・安全保障システムに急速に適合しつつあることが分かります。

4. タクティカル5Gと産業連携の加速

潮流として注目されるのが、商用ベンダーと防衛企業との協業です。欧州・北米を中心に、Nokia・Ericsson・Motorola・Rheinmetall・Kongsbergといったプレイヤーが「タクティカル5G」製品の開発を加速しています。これにより、民生で培われた技術を戦術通信や軍事要件に合わせる動きが本格化しています。

さらに、こうしたベンダーに加え、大手通信事業者も実証や標準化の取り組みに積極的に参加しています。たとえばAT&TやVerizon、BT(英国通信事業者)などは、防衛機関やシステムインテグレーターと連携し、基地や演習場における5Gスタンドアローン網の試験導入を進めています。商用ネットワークで培った運用ノウハウやスケーラビリティを防衛分野に応用することで、信頼性と即応性を両立させる狙いがあります。

特にNATO加盟国では、相互運用性を確保するために共通規格や共同実証を推進しており、地域の安全保障体制を技術で補強する動きが広がっています。通信ベンダー、事業者、防衛産業の三者が協力することで、単なる軍用無線の延長ではなく、将来的な「防衛エコシステム」としての5G基盤が形作られつつあります。

タクティカル5Gの例

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https://www.nokia.com/industries/defense/banshee-4g-5g-tactical-radio/より引用

5. 5G技術の将来展望と利用拡大の可能性

先に示したように、我が国でも自衛隊基地でのDX推進においてローカル5Gの導入検討が始まっています。警備や監視、ドローン運用といった分野での実証は、現場での即応性や効率化に直結するテーマといえます。

近年、国際社会全体で安全保障環境が大きく変化する中、民生技術が防衛用途へ応用される潮流は一層加速すると考えられます。こうした動きは研究開発にとどまらず、実際の現場での運用へと着実に広がっていくことが予想されます。

また、日本においても研究段階に加え、制度面での検討や運用環境の整備が進む可能性があります。民生と防衛の双方で技術を共有する仕組みや標準化の枠組みが整えば、今後の安全保障における通信技術の位置づけはさらに重要性を増していくでしょう。

最後までご覧いただきありがとうございました。